電車内でスマホをいじる理由。それは
視線のやり場を確保するためだと思う。電車に乗ると目のやり場に困る。視線を適当にやると人が目に入ってくる。そうすると他人は見られている意識を感じるだろう。見られればわかることだ。俺だって感じる。それをわかっているから、基本的に顔は上げたくない。
下を向いているのもなんか変な気がする。しかし視線を適当に移動していれば他のやつらは、なんかキョロキョロしているなアイツ・・・とくらい思うだろう。しかし変な気がしない方法がある。目線の先にスマホがあればいいのだ。下を向く正当な理由ができ、人を見ないようににする大義名分ができる。
もちろんただ情報を仕入れるためにスマホを見ているんだろうが、結果的に視線の確保にもつながっている。
このように電車内スマホは一石二鳥なのだ。
スマホを忘れてみ。
そんで電車に乗る。もう何していいかわからない。どこに目を向ければいいのか、ボーっとするのか人間観察でするか?いや、寝るか寝たふりをするだろう。
その前にスマホ忘れたら気が気でないか。普通の人は。
話し相手がいればそれとくっちゃべっていればいいが、相手ないない。
ところで俺は携帯を契約したことがない。今までの人生で不要なものだったからだ。スマホはネット専用機としてMVNOで使っているが、非常に重宝している。電車の中でもだ。皆右へならえでスマホに釘付けだから、逆にスマホを見ていないほうが少数派。つまり浮いてしまうのだ。
俺はある。というか見たくなくても視界に入るし。
大体はLINEだ。あと、ゲーム。大して俺は2CHをBB2Cで見るか、サファリで調べ物。自宅でやることと変わらない。
だが、それでいい。
俺は変化を求めない。
求めなすぎて全てに置いて行かれた。
よく、他人を変えようとする人間がいるが、言語道断である。
自分を変えることすら超難しいのに、他人を変えようとするなんてなんともおこがましい。
そういうやつを俺は間近で見てきた。父親である。
父親は自分の思い通りにならないと当たり散らす人間な上、他人を自分色に染めようとする最も迷惑な性格をしていた。そんなやつに育てられた俺は順風満帆にひねくれ、こじれにこじれた性格へと変貌を遂げ、未だ童貞である。
だがそれでいい。
(やぶれかぶれ)