長年人と会話しないでいるとコミュ障になる。
それはそうだ。ずっと筋肉を動かしていないようなもんだ。
だからリハビリしないと治らない。
しかし、別の困った面も。
口に出して言語化しないため、長嶋茂雄みたいになっちゃう。
ボキャブラリーが全然ないため、擬音語ばかり。
ノックという言葉がとっさに出てこなくて、ドアをコンコンしてください。
と言ってしまう。
さっきの投稿で母娘を追い抜く時にぼやいたと書いた。
しかし、この「ぼやき」という言葉が出てこなかった。
スマホにメモするときに
文句?違うな、ブツブツ?ニュアンスが違うなどとあれこれ考えて結局、文句を言うとメモをした。
それから、パソコンに向かってネタを文章化したら「ぼやく」という最もしっくりくる表現が自然にでてきた。
もう脳みそが退化しているんだと思う。
よく認知症予防に最大に効果があるのは、他人とコミュニケーションをとることだという。
それは正解だと実感する。
人とコミュニケーションを取ることはかなり頭を使うのだ。
ただし、赤の他人としゃべるときに限る。
打ち解けた友達とか身内なら頭は使わないだろう。
まず、リアルタイムだから、考える時間が全然ない。早碁みたいなもんだ。
聞かれたことに対して、頭のなかで意図を解し、それに対して自分の意見を組み立て、それを口で表現する。
これの応酬だ。まるで卓球のラリーのようだ。
こんな高度なコミュニケーションという行為は、サボっているとどんどんできなくなってくる。
だからビジネスとかで取引先と商談をまとめるコミュ力がある人はすごいと思う。
いや、俺からすれば、友達と普通に会話できる人すらすごい。
そのくらい普通に会話できる人間を尊敬しだすレベルに人と喋っていない。
こんなになる前でも、言葉に詰まったりして、怪訝な顔をされることもよくあった。
ナチュラルに喋るにはやはり経験を積むしかないのか。
そして、俺には経験を積む相手がいない。
家族としゃべていた頃はナチュラルだが、他人と喋るときはカタコトになってしまうという人間だった。
これは心を許せる人間が相手じゃないと、自然にしゃべれないということだ。
経験を積むには、喋る仕事をすればいい。
飲食店とかコールセンターとか。
でもこれらはブラックなんでやる気がしない。
解決策はわかっている。
でもそれができないダメ人間。