俺の座右の銘。
天狗にならない。
天狗にならないように生きてきたら引きこもっていた。
天狗になる機会すらないかと思われる俺だが、天狗になった時期はあった。
それは小学生の時まで遡る。
小学校では、
小4までと
小5から
2つの時代があった。
小4までは白。
小5からグレー。
ちなみに中2から黒。
女王の教室の阿久津真矢のようにこういう段階を経て周囲に心を閉ざしていった。
些細なことで、手痛いしっぺ返しを食らったのだ。
それが、人間不信の礎を作った。
小2の頃にいじめられて、やり返して、仲直りして、それがきっかけで友だちになった奴に小5の時のクラス替えでまた手のひらを返さた。
クラスが違ったのが幸いしてまだグレーで済んでいた。
同じクラスだったら、黒になっていただろう。
何れ黒になったんだから、結局黒になる時期が遅いか早いかの違いしかなかったが。
結局小4までの俺はそいつらのために労力を割いていた。
でも陰ながら利用されているような感覚は少し感じていた。
それが小5で決定的な感覚になった。
小3、小4。
小学生というか今まで生きてきた中で俺が今まで一番輝いていた時期かもしれない。
身長も後ろの方で、塾に通っていたから頭いいキャラで通っていた。
完全に神輿を担がれていた。
舞い上がって調子こいてた。
だから、小5の時にあげてから落とされた。
ダメージも高さがあるから痛い。
天狗になって空高く舞い上がるほどに、撃ち落とされた時の落下ダメージは飛躍的に上昇する。
子供ながらに小5の時の裏切りは天狗になるとろくなことはないという人生訓を心に刻みこんだ。
幸いそれ移行の人生天狗になる機会には恵まれていない。
だからこそ危険だとも言える。
なぜなら、長年泥をすすって生きてきたような人間が大勢から認められる天変地異が起きたとする。
すると、上げて落とすの逆で、落ちまくっている状態からの上げで天狗になる危険性が高くなる。
するとまた同じ轍を踏む。
だから俺の向けられる賞賛の類は話半分に受け取っておくことにしようと思う。
俺を利用しようとする奴らの甘言とでも思っておくことにしよう。
おだてる奴らは心の底でこいつバカだと思っていると思おう。
そんなおだてに乗って踊らされる奴は事実バカだと思うし。
それか、そんな低廉なおだて野郎が唖然とする程上の方に行ってしまうほどだ。
はるか上空にいれば、下の方にいるおだて野郎は豆粒同然に見えることだろう。
まぁ、俺にはできないだろうから、凄い人にはオススメだ。