みんぽけみて全力ダッシュで間に合うか微妙な時間だったけど着の身着のままでダッシュして現場に急いだ。
しかし、どう考えても厳しい。自転車があればと何度思ったか。
ロングソースであることを期待して汗だくで走ったけど、タイムアウト。
俺はいないよの方の負け組だった。のろま。
虚しく現場を後にする。
とてもショックだった。千載一遇のチャンスを逃したことと、往復にかかる歩行コスト。チャンスをゲットできればそのコストも浮かばれるというものだけど、失敗したときに結果のみならずかけた分のコストにも精神的ショックがずっしりくる。
なんのためにダッシュしたんだ・・・到底晴らすことのできないもやもやを抱え歩く。散々うだうだ考えた。何故俺はいつも確率で悪いほうばっか引いちゃうんだとか自転車があったらどうだっただろう、とか、こんなチャンスもう2度とない、千載一遇のチャンスを逃した最悪だ、とか、周りがサラリーマンでスーツ姿の人ばかりの中オレはゴミみたいなファッションをしている、なんてみじめなんだ、とか。
でも帰るころには忘れていた。
それは他のことに気を取られていたからだと思う。景気づけのラティオスやったり(4体目にして初ゲット)、図書館に行ったり散歩して他の外部刺激を与えてそっちに気をそらすことを何度も積み重ねる。
その結果、そっちのウェイトが多くなって失敗はどうでもよくなっていた。
時間巻き戻せないし。
教訓としては自転車買えということか。
自転車があればベストを尽くせた。今回のもやもやも「もし自転車があれば結果は違っていたかも知れない」というベストを尽くさなかったがゆえのものに由来している。自転車を持っていて自転車で最低限の安全運転をしつつベストを尽くして現場に可能な限り早く向かえたとしたらベストを尽くした結果の失敗であるわけで、もうぐーのねもでない。=後腐れがない。
でも、自分の中で完結している失敗だからこの程度で済むんだろうなとも思った。多くの人に大迷惑をかける失敗なんかしたら精神薄弱者のオレは自分を責めて自己嫌悪ですぐに自殺しそうだ。俺の母親もかつて勤めていた会社で大失敗したことがあって、その時家で泣きじゃくっていた。俺は母親似なんで母親もいろいろと苦労してんのかなとも思った。
自分の中だけで完結する失敗への対処法は忘れることと教訓を得て次に活かすことだけど、他人にまでそれも多くの他人にまで及んでしまった自分のしでかした失敗に対する対処法がわからない。だから他の人と働きたくない。なので無職。以上。