立花さんとメンタリストダイゴさんの一連のやり取りを昨日の夜見てた。
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20も年の離れた若造に謝罪できる立花さんはすごいと思う。(本意は別としても)
俺の親父とは真逆なので感心する。
俺の親父は目下の人間の忠告を一切聞かないような人間だった。
年の功人間。
だから親子喧嘩した時も客観的に見て親父側に否があっても、論理が破綻してたとしても決して親父は謝らなかった。
子供が口答えするなら子供に対して手が出るような人間だった。
ズボンを脱ぎ散らかしていたことに対して反発しただけで自殺しろとまで言われた。(いっときの怒り任せの感情なのはわかってるが)
作業中で触られたくないモニター画面に「さわるな」という張り紙を貼り付けていただけで気に障るような面倒くさい親父だった。
あとから母親から聞いたけど、家飲みで自宅に部下を招いて宴会をしたときに部下の人の一人に母親が「よくやってられますね」とぼそっと言われたらしい。
父親は思うにTHE・冷血人間というわけでは無いんだけど(多分)、どこかおかしいところがあった。普通の人間と感覚とか感情がずれているというか。(まぁ俺もそうなんだけど)
人間として心のネジが外れているようなところがあるように思えた。彼は彼なりに家族を愛そうとしているらしいんだけど、その手段が家族から総スカンを食らうようなものだったり、理解されないものだったり・・・だったのかもしれない。
そう思ったのは、俺が手術で入院したときに、家で取り乱して泣きじゃくっていたという話を聞いたからだ。(その時はすでに頭の病気だったんだけど)全く俺の手術について聞かされてない状態で、いきなり病院から呼び出されて、手術後で包帯ぐるぐる巻き(顔だけ)を見たことがよほどショックだったらしい。(すべて家族と俺とのコミュニケーション欠如が問題だからまぁこの件に関しては俺が全面的に悪いんだけど)
屈折した愛情の一種なのか?今はもうお互いにコミュニケーションが取れるような状態ではないのでもう父親とは死ぬまで会うことはないと思うけど、こういうのがあるから憎みきれない。だから苦しい。大学まで出してくれたし、食うに困る生活を送ることはなかった。(家の中に親父がいると居づらさを常に感じていたけど)一人暮らしをするようになって(あと無職になって)感謝を感じることもある。よく稼げるなぁ家族分養うほどの金。
もう過去形になっている俺の親父。いつお亡くなりになるのだろう。こういう物言いは普通の人はしないよね。