クソマミレンの愚痴

30超え職歴なし長期引きこもり明けのダメ人間がクソ記事を量産

傷つくことなんて慣れたはずだけど今は


最近家電量販店で俺のとある特技を披露していたところ、老人に褒められた。
いつからやってるの。相当うまいね。子供の頃から努力してきたんだろうね。
と言われた。俺は謙遜して、キョドって、その場を立ち去った。

 

しかし、非常にむず痒い気持ちになった。これは照れくさいという気持ちだ。当たり前だが。
俺は元来究極の照れ屋とも言うべきで、ウキウキした。そりゃもう。しかし、それを必死に押さえ込む。
天狗にならないように。

 

俺は褒められることに慣れていない。
幼少の頃から認められたことなんてなかったからだ。あったかもしんないけど覚えてない。
何かの大会で優勝したり、かけっこで1位になったり、学校のテストで一番を取ったこともない。


しかも、幼少の頃から斜めに構えたことがあって、素直じゃない性格なので、褒められる機会に恵まれなかった。

 

でもいじめは経験した。何度も。といっても、殺される寸前とかいうもんじゃなく、はたから見れば大したことないいじめ。


主にコンプレックスをえぐる俺が傷つく言葉で、身体に影響をおよぼすものではなかったが、精神的ダメージを受け、今のひねくれ性格の主要因ともなっている。

 

だから、傷つくことを言われても、言われるたびに慣れていった。そりゃ傷つくが、段々耐性が出来てきて、効かなくなっていったところはあると思う。


いや、嘘だ。言われるたびに効かなくなるなんて嘘だ。そう思いたいだけだ。
毎回傷ついた。同じくらい。じゃなきゃトラウマなんぞ存在しない。

 

おっと興奮しすぎた。
しかし、まぁ20年ぶりくらいに他人から褒められるというのは脇の下をこちょこちょくすぐられるような気分になるなぁ。


いや~実にむず痒い。でも嬉しい。たとえひねくれ者でも。