上記の記事と同じ事をしていたらまた褒められた。
周りに同じことをしている人はいなかったので俺が褒められたのは間違いない。
とりいろうとか世辞の1つでも言ってみて反応を伺おうとかいう俺的なゲスな発想からくるものでもなさそうだった。
混じりっけなし、思わず口をついて出たという感じ。
「あれほど○○ければ、た・・・
までは聞こえた。
言ったのは若者。
その道のプロを目指している若者であれば、た・・・に続くのはたいしたものだ。だし、素人さんからしたら、楽しいだろうなぁ・・・あたりだろう。
「あれほど○○ければ」で俺が相当な実力者だと認められたと自分で受け取った。
ありがとう!
もっと○いて、もっとうまくなるよ!
心の中で気持ちを新たにする。
よし、がんばるぞ!
あれ?これってモチベーションじゃん。
・・・。
ここでまた一人の限界を感じてしまった。
俺は誰かのためじゃないと本気になれない性分だということはこれまで30年余自分という乗り物に乗っていればうすうすわかってくる。
その裏返しで、誰かから言霊を受け取らないとやる気がでないのかもしれない。
自分の欲望(野心)が自分を成長させるというタイプの人間ではない。
典型的な歩兵。
でもやっぱ嬉しいんだわ。
マジで。
性欲に抗えないのと同じくらい、褒められて嬉しいことには抗えない。
人間だもの。自己承認欲求あるもの。
久々に晴れやかな気持ちで渋谷の街を歩くことができた。