俺や母親は犬を家族として見ていた。
父親は犬をあくまでペットとして捉えていた。
だから死んだ時も涙1つ流さなかった。
それこそおもちゃの1つが壊れたみたいな。
その温度差に静かなる恐怖を覚えたものだ。
だが、ショッキング度やストレスは父親の方が少なかっただろう。
俺と母親は依存していた。
父親は依存していなかった。
依存しているとそれが自分から切り離された時に傷つき、一緒に藻屑となりたくなる癇癪を起こすかもしれない。
hideが死んだ時に後追い自殺してしまったあの人達のように。
自分・・・。
俺は今現在他人に依存しておらず、完全に孤立している。
多分誰かが死んでも何も思わないだろう。
俺の祖母が生きていた時。
その祖母とは25年以上ひとつ屋根の下で暮らしてきた。
その祖母が施設に行くことになり、3年後くらいに死んだ。
この時涙は一滴も出なかった。
ああ、そうなのか・・・と少しばかり気が落ちた程度だった。
祖母とは昔から折り合いが悪く良い思い出よりも悪い思い出のほうが遥かに多かった。
確かに離れ離れでも何処かで生きているだけで希望だと思っていたフシもある。
しかしながら、俺は結局未だに亡き祖母を思って泣いたことは一度たりともない。
祖母には依存どころか敵くらいに考えていたことを白状する。
別れの時にはそこまでの感情にはなかった気がする。
一度も施設に見舞いに行かなかった(引きこもりだし)。
関心もなくなっていった。
でも少し前にも言ったが生きているだけでいいと思っていた。
他の家族に世話を全て任せてなんて無責任な人間なんだと思った。
罪悪感はまるでなし。
祖母は俺にとって一体何者だったんだろう。
依存していた母親は意外にも憔悴していなかった。
母親も影で泣き明かしたんだろうが、俺の前ではそんなそぶりは微塵も見せなかった。
ただ、犬が死んだときには死んで間もない時に傍らにいたため、人目もはばからず絶叫していた。今まで生きていたのに!!この母親の心の叫びは生涯忘れることはないだろう。
父親は祖母とは折り合いが悪く、亡くなった施設に駆けつけることはなかったが、葬式には行った。
俺は行っていない。
犬の世話を大義名分にしてしのいだ。
親戚一同から俺は相当な変人だと思われているだろう。
もう二度と会うこともないが。
いや、両親の葬式があってそこに出る勇気があれば再び会うことになるだろうが、どうなるかわからない。
今の俺は依存する相手はおろか、そんなものはくそくらえと突っぱねて自ら進んで孤立している。
とてつもなく苦痛。でも実際に小さなコミュニティーで一緒にいることを強制される空間に最後にいたのは高校まで。それは10年以上も前のこと。
だから今そういう空間に打ち込まれて自分がどうするかどう感じるかは正直自分でもわからない。
どうせしゃべらないから、ベルトコンベアに運ばれるがごとく孤立し居心地が悪くない辞めることだろう。
そして、キズが1つ増える。
貯金が尽たら、そういうキズを日々体に刻みつつ銭を稼ぐんだろう。
性格は変わらない。
いらっしゃいませ!!と馬鹿みたいに満面の笑みで客を出迎えるアイツラが羨ましい。多分バカになってるんだろうな。
普通に恋人と手をつないだり腰に手を回したりできるアイツラが羨ましい。
なぜあんなブタみたいな女に触らないといけない上に、自分の時間を吸い取られないといけないのか。何故自ら女の尻に敷かれることを望むのか。
バカなんだろう。色恋が人をバカにさせるんだろう。
何故俺はバカになれないんだろう。
何時まで賢人面してるんだろう。このまま人生の終わりまでしたおすのだろうか。
バカになれないと、結局大バカを見ることになる。
そんな感じがしてならない。