みんなのブログを見ていると、その人にとっての非日常的なこと珍しい出来事などを綴っていることがある。
初めて渋谷のガールズバーに行ったり、
すっぽかしを初めて体験したり、
引きこもり気味なのに叔父さんのお葬式に参列したり、
瞑想しにどっか遠くの地に行ったり
etc
そういうのの引き金は基本、他人絡み。
誤解を恐れずに言えば、他人に振り回されることでその体験がネタになるんだろう。
対して俺は俺の変わらぬ日常のボヤキや他人の空想に終始している。
毎日自分という乗り物を運転しているが、一行に変わる気配がない。
他人と積極的に関わらなければ毎日同じようなネタになることはわかりつつも、一方、大の人間嫌いだからなるだけ関わり合いになるまいと斜に構えている節がある。
最近では現状に満足している。
youtube、ニコ動等には見るべきものが山ほどあり、未だ消化しきれていない。
それが日々更新されている。
時間はいくら合っても足りない。
他人と関わる時間などない。
現状に満足しているから、傷つくことがわかりきってる他人とわざわざ積極的に関わる努力する気にもなれず、こうして動画漬けの日々を送っている。
たまにみんなのブログを見て、触発されることもあるが、一晩寝たらその気は平坦にならされる。
形状記憶なんとかのように自分のもといる立ち位置に戻る。
それがデフォだから、他人に自分をどうこうされることに多大なるストレスを感じることは目に見えている。
街行く連中を傍から見ていても、この中に入ることは一生ないだろうなと思う。
最初の壁をぶっ壊せばまた違ってくるんだろうけれど、人と話さなくなってから20年経つ俺の壁は相当に分厚いと自負している。
そんなもん壊せる人間を見てみたいとすら思っている。