クソマミレンの愚痴

30超え職歴なし長期引きこもり明けのダメ人間がクソ記事を量産

ダウンロード版のゲームを買う気になれない無職

 

最近断舎離する気力が湧いてきた。
でも断捨離じゃないかもしれない。
断捨離は捨てるけど、俺はメルカリに出す。

貧乏性だから。こればかりは染み付いたものなので取り外すことは困難だ。

 

今まで過去の遺物が散乱するゴミ屋敷に埋もれて、避けてきたゴミを放出しようという気持ちを取り戻しつつある。
オナ禁をして溜めた精力を燃やして面倒くさいこと処理エネルギーに変換して毎日少しずつ出品している。

 

こうやって、過去の遺物の動作確認というノスタルジーに浸りながら毎日少しずつ売却の準備を進めてると、こんな無職の俺でも人生多少は前に進んでいることを実感できる。

 

落札相場を調べていると、ゴミになっている。
悲しきかな古いものは一部のプレミア以外はみんなゴミとなる。

現在に近ければ近いほど需要があり高値で取引される。

 

それにしても、物から情報に世の中の主流は移ったのか。
ゲーム取ってみても、ダウンロード販売が中心になり、世の中を賑わせているゲームはスマホでできるソシャゲ。


ユーザー側からしてみても、ほしいのは円盤そのものじゃなくて、中身の情報だから、媒介を省略できてコストも削減。結果、ゲーム価格が据え置かれるならいいのだろうけれど、どうも俺は貧乏性のため、円盤という物になれば、中古品としての価値が生まれると考え、売るときのことを考えて物を買う。有料アプリ、iTunes Musicとかの権利を買ったことはないかもしれない。

 

権利を売却とかできなそうだし、そうなると、ゲーム情報の媒介物を買って、ゲームという情報を楽しんだあとに、その物を売れば、購入価格と売却価格の差額でゲームをプレイできるというドケチの発想をしてしまう。俺は作り手への直接的還元とかどうでもいいと考えるタチなので、ブックオフやメルカリが儲かっても別にいいやと思ってしまう。


円盤版とダウンロード版が併売されているときにダウンロード販売で買う人とかよぉ買うわなぁと思ってしまう。

 

しかし、ゲームはみんなダウンロードにすれば、一択故にそれも受け入れられるし、ものも溜まらないので、断捨離の手間も省けるかなぁと思った。

 

それにしても、まだまだ序の口。捨てる覚悟がないと年内にとてもじゃないけどゴミを処理できそうにないわ。
毎年毎年こんなことを思っている。損だなぁ。