昨日でわかったことがある。
ここ伊豆高原駅付近では、徒歩での移動に抵抗があるほど車が怖いということに。
しかしそうすると行動範囲が限られる。
東京ではどこまで行っても(少なくとも俺の行くゾーン)安全な歩道が用意されている。
しかし、ここでは国道の脇道を車が横をスレスレで通るような場所をアルカなければならない。
というかこんなところを歩いていると車に対して申し訳なくなってくる。
「ああ、邪魔だろうな俺、なんか気を使わせてすまん」とか思っちゃう。
絶対車の運転手は思っているだろう、なんであいつこんなとこ歩いてるんだ?うぜぇとか。
あ~それにしてもパソコンが重い。
というかfirefoxが重い。 Quantumにしたけど、アドオンがほとんど対応していなくていきなり使い勝手が悪くなったため結局戻した。にしても重い。重すぎる。
確かにCF-N10という化石みたいなCPUを積んだマシンだけど、ストレスマッハ。限界なのか・・・。心なしかサブ機のCF-W8(XP)のほうが若干ヌルヌルでストレスがないのは気のせいだろうか。
そんなストレスパソコンを午前中ずっと張り付いて、買い替え先のスマホやデータ移行の方法、5CHや価格.com、アマゾン、個人ブログのレビューなどをひたすら漁っていた。こうしている間にあっという間に時間が過ぎてしまう。
この時間の使い方は貧乏人の使い方のようだ。
少しばかりお高い買い物をする時に、無駄に時間をかけすぎてしまうこの現象。
実に貴重な時間を無駄にしている。
それに気づいていても、調べられずにはいられない。
もっと時間をかけるべき優先順位の高いタスクはリストの上段にいっぱいあるというのに。
情報の奴隷のような気がしてくる。何かに操られている気分になってくる。
カネに余裕があれば、短時間の調べでツボを掴んでポンッと買って、自分に合わなかったら多少の損を出して売却。
ソッチのほうが時間的に見れば逆に得をしているような気がする。
これもその人が稼ぎ出す時給に左右されるんだろう。
収入がゼロに近いほど妥協ができず、絶対失敗したくない気持ちが先行して納得するまで調べに調べ尽くす。そのリソースを自分の収入を上げるなりするための勉強やスキル習得に当てるのが合理的なのに、とっかかりがないため、目の前のタスクに全リソースを割いてしまう。
収入ゼロ、低収入はこうして時間の使い方を見誤る。人生うまくまわってねぇな。
こんなことをしている間に正午過ぎ。
買い物がてら散歩に出かける。
それから宿に戻り、昼飯。
午後は適当にテレビを観て、また飽きて散歩。しかしiphoneのバッテリが切れ、すぐに宿に戻る。
宿から店があるゾーンまで20分ぐらいかかるため、報復でも結構な歩数を稼ぐ。おまけ坂道なのでいい運動ではある。しかし、車がないと国道を徒歩で通り抜ける恐怖とトイレポイントの危惧から、自ずと行動範囲がホームセンターやスーパーしかない場所に固定される。
ここに永住するには車は絶対に必要だと思った。
そして、そんなところには住みたくない。俺には東京が性に合っているのかもしれんなぁ。車の近くを歩くのも怖いし、もし免許をとったとして運転するのはもっと怖い。事故で自分や相手が命を落とすことはもちろんのこと、物損事故。
自分の車がミスですって傷や凹みが出るのはまだマシだが、他人の車にそんなことをしてしまったらクソ面倒臭いことになる。車乗りの人はよくもまぁ平然と運転してるなぁ。すごいわ。