クソマミレンの愚痴

30超え職歴なし長期引きこもり明けのダメ人間がクソ記事を量産

これからまた散歩行こうかなぁ、どうしようかなぁ

 

世の中ってうまく行かないことだらけだよなぁ。うまく行ってる人なんて米粒ほどしかいなさそうだ。その米粒の中のひとりがダイゴ。メンタリストダイゴもうまくやってるよなぁ。自分の知識を披露して人を集めて収益化してる。Youtubeはもう170万近く登録者がいるし、ニコ生は10万以上いるらしい。ニコ生はよくわからんけど、10万人×会員費(月額500円とか1000円とか?)分の収入が月々ある(何割かは胴元に持ってかれる)。そしてその動画の中で自分の著書の宣伝までするという用意周到っぷり・・・テーマも人の生活に役に立つ心理学という万人向けで裾野が広いものを扱っているし、ネタである知識の仕入れにしても彼自身がもとから好きでやってる分野ゆえに彼は好きなことで生きてると言えるし、動画の供給もストリーミング配信なので編集の手間もコストもかからない。もううまくいきすぎだ。そういう仕組みづくりをしている。

そしてそれはそのダイゴの動画を一日中垂れ流している。サムネに書いてあるテーマがそこそこ興味をひくものだからだ。ついクリックしてしまう。メンタリストの罠にまんまとハマっている。

ダイゴの話はおいていて、人生うまく行かないなぁと思うのが女だ。今日も横断歩道に気づけば胸がでかくて顔もそこそこそうな(遠くなので見えなかった)若い女がいた。そして俺はいつものように諦める。そして世の中うまく行かないことばっかだなぁ~と不機嫌にイライラする。欲求を常に押し込めるのは認めたくないがストレスだ。自己完結できるものならまだしも、他人が絡むことの中に俺が思い通りになることは何一つない。それは当たり前だ。相手との駆け引きがそこにあるからだ。それを無視すればそれはもうレイパーと一緒だ。コミュニケーションが必要、それは頭の中ではわかっているが、諦めたほうが自尊心が傷つくこともないし、将来の面倒事もなくなる。マイナスを除去できる。ただ同時に未来へのプラスの可能性も捨て去っている。

他人からどう思われてもいいと思っていると思ってはいるが、プライドは捨てたとはならないようだ。本当にプライドがなかったら傷つくことに臆病にならないような気がする。

まぁでも結局自信がないというのが一番でかい気がする。というか自信なんて持てるはずもなかろう。だっておっさんだし職歴なしの無職なんて自他ともに認める社会の最底辺だ。こういう身分に属していて自分に自信がある人間がいたら是非ともお目にかかってみたい。いや、無職でも社会人並みの収入があればいいんだ。でも俺は全くなく貯金は減る一方。かといって逆転ホームランを狙うことどころか少しでも自分を改善していく気も失せた。もう40歳で死なないかなぁと思っている。ちょうどその頃に俺の貯金が尽きる予定だから。貯金ゼロ40歳の状態で何ができると言うんだ。そして「諦め」の気持ちを持ちつつ日々ぶつける宛のないフラストレーションを抱えながらおめおめと生き続ける。今まであった自由も奪われた上で。

これじゃあダイゴと真逆だ。人生終わってる。自由についてもそうだ。彼はほぼほぼ制限なしの自由。俺は制限付きの自由。時間と人に縛られないという点で自由。経済的には自由じゃないので体験に金を使えない。(ダイゴは経験に金を使ったほうが疲れが取れるとかなんかの動画で言っていた)俺も森を散歩して森林浴をしてみたいなと彼の動画を見て思ったし、いつかあいのりで見たボリビアウユニ塩原とか一度は行ってみたいなぁと思ったりはする。金は使いたくないのでバーチャルで我慢する。女を我慢する代わりにバーチャルで抜くみたいなもんだ。

ちなみに、最近のひろゆきの動画で彼は「オリンピックリアルで見ても選手たち豆粒くらいの大きさくらいしかない。だったら家でテレビで選手の顔がデカデカと映った映像を見たほうが満足度が高い。お菓子食いながら寝っ転がって見れるし。結局リアルで見に行く人はみんなでワイワイ楽しむことを体験したいだけ。」みたいなことを言っていた。