クソマミレンの愚痴

30超え職歴なし長期引きこもり明けのダメ人間がクソ記事を量産

2019年09月12日クソ散歩 ~道歩いてたら横で婆さんがいきなりすっ転んだ~

道歩いていたらいきなり近くで婆さんが仰向けで倒れた。

腰がえらく曲がってる婆さんで起き上がれずにもがいてる婆さんはころんだ亀のようだ。

声あげて倒れた。

通り過ぎることもできた。

でもそうしなかった。

 

道で婆さんが転げている。

でもコミュニケーション能力の無い俺は棒立ち。

どうしていいかわからない。

どうすればいいんだ?この婆さん。

どうしてほしいんだ?この婆さん。

(↑声に出して尋ねればいいのにね。)

ああ面倒くせぇことになったなと思っていた。

 

近くにいた女が駆け寄ってきてコミュニケーションを図る。

起こしてケロみたいなことを言った。

その女の力で起こせそうだったけど、せっかくなんで俺も手を貸す。

そして起き上がった。安定するまで背中を手で支えた。

案の定礼を言われたのは女だけ。

まぁ予想通りだが。

 

しかしながら俺も人間なのでなんだかなーという気はする。

礼を期待していたのかもしれない。何も声かけなかったくせに。(一応起こすの手伝ったけど)

面白くないな。

助け損だなとすらちょっと思った。

 

だからもし俺が人に助けられたらコミュ障でもなんとしても助けてくれた人に対して礼だけは言おうと心に誓った。

 

 

でもちょっと前なら女性にすべてを任せて突っ立ってるなんてなんてダサい男なんだとか、もっとなんとかなっただろうとか自分を責めたかもしれない。そして自己嫌悪に陥るとかいうパターン。

でもこれって人からどう思われているか人の目を気にしているだけなんだよな。俺の場合は。

 

でも今の俺は違う。

俺はこういうやつだと俺自身が自覚している。

だから別に自己嫌悪はない。

むしろ俺らしいなと思った。

 

もちろん客観的には情けないクズで性格悪いクソ役立たずだろう。

でも俺自身は主観ではそう思ってない。

でも客観的にはそう評価される。

 

主観と客観をごちゃまぜにすると精神は崩壊するのは目に見えている。

俺自信が主観で俺はクズなんだ・・・と自己否定して見ろ。

得なことなんて何一つ無い。

それどころか損しかない。

そんな自分で自分の首を締めるようなことを俺はしてきた。

人と関わるとこういうことが目白押し。

だから人と関わりたくないんだ。

自分が社会においては普通の人と比較して著しく劣っている存在だと自覚させられるから。

 

あとは、有名人じゃなくてよかったとか思った。

有名人だと人の目を気にしなくちゃいけないからね。

 

おっさんになるとはこういうことなのかもしれない。

若い頃ならきっと自分の情けなさを恥じていた。そして自己嫌悪。

 

 

でもなぜ見て見ぬ振りをしなかったのか。

考えたけど自分でもわからない。

それは(自分のすぐ近くで倒れられたから)人の目がどうこうというのも要素的にはあるけど、それだけじゃない気がする。

 

よくわからないけど、「見捨てる」ということに対する強いストレスというものがあるのかもしれない。

良心の呵責というやつの可能性が高い。

 

1年前に池袋で倒れた老人を思い出す。

俺は助けなかった。

他の人が駆け寄って今まさに助けようとしているのを確認したからだ。

安堵した。

何に対する安堵なんだろう。

よくわからないけど、いずれにせよ罪悪感が絡んでいることは想像に難くない。

 

 

以上を総合するとどうなんだろう。

俺は

・赤の他人に自分が情けない野郎だと思われようがどうでもいい

・けど、赤の他人が助けを要する事態に陥っている時(特に命に関わること)、それに対して見捨てるという選択をすることに対して強いストレスを感じる

という性質を持っているのかもしれない。

 

良心の呵責は結構後を引く。対象が赤の他人だったとしても自分の生き方に関することなので一生忘れないかもしれない。

ただ、女が粗相をして自分の自転車をひっくり返したとか、ママチャリが転倒したとかいうレベルだと簡単に見捨てられるし罪悪感もさほど感じなかった。

 

生き方かぁ。

情けなくても自分に正直でありたいとなんとなく思う。

自分が助けたいと思ったら言い訳とか無視して助けられるようになりたい。

かけ値なしで。

人の目とかどうでもいいんで。

自分に正直に行動したい。

かっこいい人間になりたい(→かっこいい人間と思われたい)とか人から尊敬されたいとかはどうでもいい。(それらは客観だから)

自分に正直に生きることこそ何者にも何事にも縛られることのない究極の自由(俺は自由がこの世で一番好き)な気がするし。

 

 

 ・今使ってる液晶モニター

昨日アキバのヨドバシ2Fの液晶モニターが展示されているエリアをうろついていた。

 

今から10年くらい前に目が疲れにくい目に優しい液晶モニターという2CHのスレを熱心に見ていたことがあった。何かに取り憑かれたかのように最も目が疲れにくい液晶モニターを追い求めていた。

 

俺がスレ見ていたころはEIZOのL565、L567、L985EX、L997(日立S-IPS)、L887(シャープASV)、シャープ LLT-1620、2020(ASV+低反射ブラックTFT)あとは(当時の新鋭)NECのLCD2190Uxi(NEC SA-SFT)なんかがスレの話題の定番機種だった気がする。(全部国産パネル)

 

今もそれ系のスレはあるようでチラッと覗いて見たけど未だにL997がどーのこーの言っている人もちらほらいる。

 

でも今のLGの液晶とか家電店とかで見ても普通にさほど疲れなさそうなんだよなぁ。

昔ベンキューのFP91Gを評判がいいと言う理由で買ったもののあまりの画面のギラツキっぷりに絶えきれず中古のLLT-2020(ASV)を購入したこともあった。

この液晶モニターは本当に感動した。全くギラツキがなく、当時よく例えられていたまるで紙を見ているようという表現も大げさじゃないなと思った。

 

L997と比べると色味がやや薄いけど確かに2020のほうが目への刺激は少ないように感じた。

ということで今も現役でL997使ってます。(稼働時間40,000h弱)

 

 

・髭

街中にいる白人を見ているとヒゲ率高し。(日本人と比べると)

髭面でも清潔感を損なわない顔の作りは羨ましいと思う。

俺の面で髭だと浮浪者だし。

 

・今日見た動画

www.youtube.comサングラス外した時点でお目々可愛いと思っちゃった。

 

以上

1年前

kusomamiren.hatenablog.com