「否認」「怒り」「取引」「抑うつ」「受容」
という死を受け入れるまでのプロセスを聞いたことはないだろうか?
上記のサイトに詳しく書いてあるが、これはコンプレックスにも当てはまるのだろうか?
試しに当てはめてみた。
第1段階:否認と孤立(denial & isolation)
周りと比べて普通だと思いこむ。
俺は普通だ。平均的だ。と平均から外れているクリーチャーである事実を否認する。
「何かの間違いだ!」
第2段階:怒り(anger)
客観的な目から見た事実を複数告げられ、クリーチャーである事実を受け入れるしかない状況に追いやられ、憤る。
「なんで、俺はこんな醜い姿で生まれてきたんだろう。
○○(兄弟姉妹)は普通なのに、なんで俺だけこんな業を背負って生まれてきたんだろう。
不公平だ!」親を恨む。
第3段階:取り引き(bargaining)
自分の背負ったクリーチャーという宿命を受け入れ、何らかの条件と取引を試みる。
「自分よりクリーチャーな人でも社会に出て働けている。」
「街で自分以上のクリーチャーを発見した。心がやすらいだ。」
第4段階:抑うつ(depression)
ドラゴンボールのないこの世では何をどうやっても自分の姿や顔を変えることができない。
「何をやってもどう考えても自分でも他人からもクリーチャーとみられる事実は変わらないんだ・・・」
第5段階:受容(acceptance)
全てを悟り、心は安定し、穏やかでコンプレックスにとらわれない日々。
街での視線や、悪口陰口、冷やかし煽りに対する完全耐性がつく。
「俺はクリーチャー。
それがなにか?」
自分の姿がおじさんになれば、容姿は自然の摂理で衰えてくる。
同時に同世代も容姿が崩れてきて、若い頃ほどの差はなくなってくる。
しかし、困ったことがある。
1.若い頃に女遊びや普通の恋愛をしてこなかったという事実
2.年齢相応の勤務年数がない上の職歴なし無職の男である事実
これをすっぱり切らないといけないという未練。
まともな人生を歩んできた真面目なおっさんは以下のものをもっている。
1.女
普通のルートで人生を進んできた人は、おじさんという容姿が衰える時期になった時すでに嫁がいる。
だから顔がウンコになっても傍らには女性がいる。
更に昔に何人、何十人かと付き合い、勢力旺盛な若い時期に人並みの恋愛、性欲の充足の経験をしている。
2.経済力
大学を卒業して真面目に働いてきたおっさんは、もう一人前になっている。
収入も上がってきて、嫁と子供を養えるほどの経済力の基盤は盤石なレベルになっている。
贅沢な暮らしはできないまでも、衣食住に困らない、たまの贅沢は訳無いくらいの経済力は持っている。
職人の場合は、スキルとかも。
俺は何一つ持っていない。
コンプレックスにやられてしまった。コンプレックスを言い訳にしてしまった。
コンプレックスを持っていても真面目に働いていたら2の経済力は手に入れられていたかもしれない。
気づけば一生バイトってとこまで来ている。
バイトの賃金だと家族を持つことは困難。
もはや人並みの人生は送れない。
しょうがないか。自業自得だ。
経済的な面に関しては、すでに5段階モデルの受容の段階まで来ているかもんな。